コラム

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今月の一冊⑨『池上彰の行動経済学入門』

みなさんは「行動経済学」という言葉を聞いたことがありますか?
「行動経済学」とは”人間はいつでも合理的に行動するわけではない”という観点から研究が続いている、比較的最近になって注目されるようになった学問です。

私たち人間は、頭で考えて「不合理だ」と思っていることでもやってしまうことが多々あります。パチンコや競馬などのギャンブルで勝っているとき、勝ち逃げすればいいものを、欲をかいて深追いして負けてしまうことも経験がある人も多いのではないでしょうか。
「このような人間的な弱さを分析してみたら何がわかるのだろう?」というのが行動経済学です。

 

そもそも行動経済学って何?

元々、人間は常に合理的に判断して動くことを前提にしていたのが従来の経済学と言われています。しかし、実際には非合理的なことや無駄なことをするのが人間です。これまでの経済学では説明のつかないことがたくさんあります。すなわち人間の心の働き方というものを重視して、経済学の動きを読み解こうとするのが行動経済学になります。
経済を動かしているのは、需要と供給、金融、賃金といったものばかりではなく、人間の感情や心の動きも経済という生き物を作り出している重要な要素といえます。

 

人間は直感で意思決定している!

例えばスーパーで大根1本を”合理的な基準”で購入する際、他のスーパーよりも安いのか、大きさ・太さ・形・鮮度はよいかなどベストなのものを選ばなくてはなりません。しかし、実際にはそこまで細かく吟味せず、野菜売り場で手ごろな大根を手に取って買い物カゴに入れておしまいです。大根を選ぶ時間もわずか数秒~数十秒。このように私たちが日常的に”直感で意思決定するプロセスを『ヒューリスティック』”といいます。これは行動経済学における重要な概念です。
私たちは日常的にものごとをざっくりと直感的に判断する”ヒューリスティックを無意識のうちに使っている”ということを知っておきましょう。

 

なぜ人間は道理に合わせない行動をとるのか?

前述のヒューリスティックとともに行動経済学を理解する上で重要なものに『プロスペクト理論』というものがあります。
・1万円の利益を得たときの喜びよりも同額の1万円を損したときのダメージの大きい
・ギャンブルで負けがこんでくると勝算がほとんどない一発逆転の大勝負に出る
・医師から「手術の成功率は95%です」と言われるほうが「失敗率は5%です」と言われるよりも、ほっと胸をなでおろす
このように道理に合わない思いや行動のメカニズムを解明してくれるのがプロスペクト理論になります。

 

将来よりも目の前のメリットを選択しがちな理由

それではいくつかみなさんが思い当たる例を交えて、人間の悲しい性をご紹介していきます。
みなさんは子どものころ、夏休みの宿題をどのようにこなしていましたか?夏休みの前半で宿題を終わらせる人、夏休みいっぱいを使ってコツコツ計画的に進める人、夏休みの終盤までほとんど手を付けておらず残り数日で慌てて宿題をこなす人。
夏休みの宿題を計画通りに進めることができた人は、かなりの少数派ではないでしょうか?もちろん、私はギリギリになるまで宿題に取り掛かったことはありません(キッパリ!)
行動経済学では、目の前の楽しみを優先させてしまう行動を『現在バイアス(現在志向バイアス)』という言葉で説明しています。つまり、人は目の前のメリットに弱いということです。
大なり小なり、人間はみんな先延ばし癖を持っています。

行動経済学とは関係ありませんが、デポール大学心理学教授のジョゼフ・フェラーリ氏は「先延ばし癖は時間の管理とはなんら関係がない」と言っています。先延ばしの常習犯に『さっさとやりなさい』と言うのは、うつ病の人に『元気を出せ』と言うようなものだそうです。心理学者の知見によれば、先延ばしは時間管理の問題ではなく、対処メカニズムの問題と言われています。自分の感情とどう折り合うかの問題であり、感情をある程度コントロールできれば、先延ばし癖は改善できます。このように脳のプログラムを書き換え、思考や行動を変えることを「ニューロエンコーディング」というのですが、1日5分10日で先延ばし癖を改善できるニューロエンコーディングのプログラムもあるようなので、先延ばし癖を治したい方はいろいろと調べてみても面白いと思いますよ。

 

なぜ他人の行動に影響を受けてしまうのか?

みなさんは、ある商品を買おうと決めてお店に行ったのに、店頭で多くの人が別の商品を買っているのを見て自分もそっちを買ってしまった。このような経験はないでしょうか?
周囲と同じ行動をとってしまうことを『同調効果』『バンドワゴン効果』といいます。
逆に、ある商品が多くの人に人気があるから、みんなと同じものはイヤだと敢えて別の商品を選ぶことを『スノップ効果』といいます。
これらは正反対の行動ですが、共通するのはどちらも他人の行動に影響を受けた結果だということです。私たちは他人や周囲に影響されながら意思決定や行動をしているのです。このことは『社会的選考』と呼ばれています。

行動経済学の活用例

行動経済学を活用した例は、日常にあふれています。商品が並ぶ店頭、テレビや新聞などの広告などなど。実際に活用例を紹介していきます。

端数価格

今では当たり前のように見かける料金表記になりますが、1,000円という表記よりも、980円などキリのよい数字から少し下げた値を『端数価格』といいます。20円しか差はありませんが、その数字以上に消費者は安く感じてしまうのです。4桁の1,000円よりも一桁少ない980円の価格表示は、消費者の財布の紐を緩める効果があります。

損失回避性

「3日間に限り3割引」「100名様限定」など限定をアピールする方法を見かけることも多いと思います。このチャンスを逃すと損をしてしまうという呼びかけに人間は弱いものです。人間には『損失回避性』があるため、得をした喜びよりも損をしたときのショックの方が大きく、なるべく損失を回避しようとする傾向が強いのです。

サンクコスト効果

人は何かにお金をつぎ込むとその分を取り戻そうとします。それを『サンクコスト効果』といいます。食べ放題のお店で元を取ろうとする思考もその一つです。サンクコスト効果を活用したものでは、月額定額制のサブスクサービスなどがあげられます。

アンカリング効果

人は最初に与えられた情報を引きずられて判断する傾向があり、『アンカリング効果』といいます。2万円の予算で腕時計を買うつもりでショーウインドーを覗くと、150万円の時計が展示されている。150万円の時計は誰が買うのだろうと思い店内に入ると7万円の時計があり、これなら自分にも買えると思わず手に取ってしまった。この場合、150万円の時計は売れなくてもいい商品であり、150万円という価格を基準にすると7万円の時計は買いやすい価格に感じるため、7万円の時計を購入してもらう演出をしているにすぎないのです。

保有効果

自分の所有するものにより高い価値を見出す心理を『保有効果』といいます。これをうまく取り入れているのがIKEAです。IKEAの家具は基本的に購入した人が自分で組み立てます。説明書を見ながら苦労して家具を組み立てると満足感も大きくなり、愛着が沸いてきます。IKEAはあえて、購入者に家具を組み立てさせることで顧客満足度を高めているのです。

 

まとめ

人間は利己的な行動をする一方で、意外にも利他的な態度を取ることもあり、不思議な生き物です。無意識に行動をコントロールすることは難しいですが、行動経済学によって、その行動を客観的に見ることができれば、販売戦略に活かせることができます。
マーケティングはセリング(売り込み)をせずに、売れる仕組みや売れる状態を作っていきます。マーケティングを行う上でも行動経済学の観点で、人間はどのような行動を起こすのかを理解することが重要になるのではないでしょうか。