コラム

Column

今月の一冊㉓『日本経済地図』

ビジネス環境は常に変化する外部環境の中にあります。「今後の日本の景気はどうなるのか」「物価高や人手不足にどう対応していくべきか」といった不安の声をよく耳にすることは多いはずです。私たちがいる熊本でも、TSMCの進出などに伴い半導体関連で経済が活気づいている一方で、日々のコスト高に苦しむ中小企業の厳しい現実もあり、景気の「良さ」と「厳しさ」が混在しているような不思議な状況です。

 

なぜ?の視点で日本を見る

経済を語るニュースやネットの言葉を見ていると、「もう日本は終わった、これからは衰退する一方だ」という悲観的な諦めの声もあれば。「なんだかんだ言っても日本は技術力があるし、世界中から評価されている凄い国だ」という、少し根拠の薄い安心感や楽観論が見られます。こうした何となくで語るのではなく、「なぜ?こうなっているのか」という視点で日本経済を見ていくのが本書です。

本書の良さは、悲観論や楽観論のムードで語るのではなく、『なぜそうなっているのか』を構造で追おうとしている点にあると感じました。景気の良し悪しや日々の株価の上下といった表面的な現象を追いかけるのではなく、経済、地政学、産業、人口動態といった複数のレイヤー(層)を重ね合わせ、「なぜいま日本でこういうことが起きているのか」を、タイトルの通り「地図」のように描き出しています。その姿勢は単なる時事解説ではなく、ニュースを受け身で眺めるだけでなく、自分なりに判断材料を並べ直せる感覚を与えてくれます。

 

ニュースの背景にある「地殻変動」を知る

この本が扱っているのは、表面上の単発のニュースではありません。むしろ、ニュースの背景でゆっくりと進行している地殻変動です。

例えば、円安が長く続いている、スーパーの物価が上がる、給料は少し上がったようだけれど生活は一向に楽にならない、一部の都市部で不動産価格だけがどこか遠い世界の話のように異常に高騰している――。こうした現象は、個別に見るとただの「嫌なニュース」や断片的な事象かもしれません。しかし、これらを線でつなげて俯瞰してみると「日本が安い国になった」というひとつの冷徹な現実に行き着きます。

マーケティングのフレームワークに、自社を取り巻く外部環境を分析する「PEST分析」というものがあります。政治(Politics)、経済(Economy)、社会(Society)、技術(Technology)の4つの視点からマクロ環境を捉える手法ですが、本書はまさにこの日本という国のPEST分析を、非常に高い解像度で行っていると言えます。本書の問題提起は、そうした現実を感情的に嘆くことではなく、なぜそんな構造が生まれたのかを正しく把握しなければ、個人も企業も国家も次の一手を誤る、というところにあります。だからこそ読み手は、単に“知識を得る”のではなく、自社の“立ち位置を確認する”感覚を持つことになるのです。

 

経済と地政学の交差点

とりわけ印象的だったのは、日本経済を単なる「お金の儲け話」として閉じるのではなく、地政学と深く結びつけて捉えているところです。

日本は長らく、貿易立国であり、平和国家であり、国際分業の中で器用に立ち回ることで豊かになってきた国だと理解されてきました。しかし現在、エネルギー問題、半導体サプライチェーンの再構築、物流ルートの確保、台湾有事のリスク、そして米中対立といった論点が複雑に重なってくると、経済と安全保障はもう別々には考えられません。

私たちの身近な例で言えば、熊本における半導体産業の盛り上がりもそうです。これは単に「大きな工場が来て雇用が生まれた」という地域経済の話に留まらず、半導体という現代の戦略物資を国内で確保するという、国家の生存戦略や地政学的な文脈のど真ん中にある出来事です。「安く仕入れて高く売る」という古典的なビジネスの発想だけでは、いまの日本の脆さも、そして本当の強みも見えてきません。本書が示しているのは、日本の経済問題とは、私たち一人ひとりの家計簿の問題であると同時に、国の生存戦略の問題でもあるという視点です。ここに本書の大きな読み応えがあります。

 

「強み」を生かすための設計思想

同時に、著者は日本を必要以上に悲観していません。むしろ、見えにくい形でしっかりと残っている日本の「底力」にかなり目を向けています。半導体素材や製造装置、先端部材、精密加工技術、アニメやゲームなどのコンテンツ産業、観光、さらには次世代エネルギーや海洋資源の可能性まで、日本には「表面の数字だけでは測れない強さ」があるという認識です。

ここで重要なのは、「強みはある、しかしそれを生かす設計思想(戦略)がなければ衰退する」という極めて現実的な見方です。いくら模倣困難で希少な技術や資源(強み)を持っていても、それを組織として適切に配置し、顧客が求める価値に変換して届ける仕組みがなければ、競争優位性は生まれません。つまり、日本に希望はあるものの、それは放っておいて自動的に実現するものではなく、政策、投資、技術実装、人材育成、ルール形成が揃って初めて形になる“条件つきの希望”なのです。この現実から目を逸らさない点に、本書の誠実さを強く感じました。

 

見えない不安に「輪郭」を与える

全体に通底しているのは、「漠然と不安になるくらいなら、構造を知って考えよう」というメッセージだと私は感じました。日本が直面しているのは、ある日突然やってくる派手な一撃ではなく、じわじわと私たちの生活基盤やビジネス環境を削っていく“静かな危機”です。

以前のコラム『売上の地図』でも書きましたが、結果(売上や経済の停滞)には必ずそれを引き起こしている複数の要因が存在します。不安というものは、正体が曖昧なままだと人をひたすら疲弊させます。しかし、要因を分解し、構造を知ることで輪郭を持たせれば、それは対策を打つべき具体的な課題に変わります。本書は、私たちが抱える漠然とした経済への不安に対して、その明確な輪郭線を引こうとしているのです。

 

さいごに

私はこの『日本経済地図』を、未来予測の本として読むよりも、「日本の現在地を見失わず、自社の戦略を立てるための羅針盤」として読むのがよいと思います。日本はもう駄目だと切り捨てるのも簡単ですし、日本には底力があると気分よく語るのも簡単です。しかし、本当に難しいのは、自社の弱さと強さを同時に直視することでしょう。

問題は山積みです。けれど、問題が見えることそれ自体は絶望ではありません。むしろ、課題が見えないまま漂流することのほうが危ういのです。だからこそこの本は、日本経済を学ぶための一冊というより、思考停止せずに次の一手を考えるための一冊として読まれるべきなのだと思います。

マーケティングにおいても、自社の現状や市場の環境を客観的な「地図」として把握することは、すぐにできることではありません。どうしても「自社のやり方」「業界の常識」に引っ張られてしまいがちです。そんなときは、第三者の目線を取り入れてみるというのも一つの手です。熊本マーケティング研究所では、専門知識を持ったマーケターが、お客様の目線を持った貴社のマーケティングチームの一員として伴走するサービスを提供しています。

「マクロな環境変化にどう対応していいか分からない」「自社の強みを見直したい」という方は、ぜひ熊本マーケティング研究所の「Labout」や、初回無料の個別相談をご活用ください。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。今月の一冊『日本経済地図』についてでした。