3か月ぶりにコラム書きます。サポーターの薄井です。
さっそくですが、「なんとなく好きな場所」ってありませんか?
観光地というわけでもないのにふと立ち寄りたくなる場所。大きな施設があるわけでもないのに、なぜか安心できる場所。今月の一冊『場所のブランド論』はそんな「場所への好感」や「意味のある感じ方」に焦点を当てた一冊です。本の中では「センス・オブ・プレイス」という言葉が繰り返し登場します。聞きなれない言葉かもしれませんが、読んでいくうちに、なるほど!そういうことか!と思えるようになります。この一冊は地域やまちづくりに関心のある方だけでなく、自分のまわりの“場所”をもっといいものにできないかな?と感じたことのある方にも多くのヒントを与えてくれる内容です。
—場所のブランド論(著・若林 宏保, 徳山 美津恵, 長尾 雅信, 宮崎 暢, 佐藤 真木)—
センス・オブ・プレイス
センス・オブ・プレイス(Sense Of Place)とは「人間一人ひとりが持つ場所の感覚」を指す概念です。それは「なんとなく居心地がいい」「昔の記憶がよみがえる」といった、感情や経験に根ざした感じ方であり、単なる場所の名前や機能とは異なります。本書では、こうした感覚が段階的に蓄積されるものとして捉えられています。最初は、音・におい・景色といった身体的な感覚から始まり、そこに記憶や経験が重なることで、徐々に「意味のある場所」としての認識が育っていく、それがセンス・オブ・プレイスです。
【センス・オブ・プレイスの段階的構造】
その場所らしさ
その場所らしさは誰がどう語るかという「プレイス・ディレクション」という工程がブランド形成の鍵となるとされています。プレイス・ディレクションとはまだ顕在化されていな一人ひとりが抱く場所の感覚を、多くの人々が共有できるように言葉とビジュアルによって新たな意味の世界を描いていく作業です。この考え方は従来の見た目や観光資源によるアピールとは異なり、「意味」をつくるという視点に立っています。つまり、物理的な特徴よりも、そこにいる人々が何を大切にし、どのようにその場所を語るのかがブランドの核となるのです。たとえば、「洗練された下町」と語るのと、「少し古びたエリア」と表現するのとでは全く違う印象になります。場所を語る人の視点や言葉によって“その場所らしさ”は形を変えて受け取られます。プレイス・ディレクションは、場所に込められた思いや記憶をすくい上げ、多くの人に共有される”意味のかたち”として再編集していくプロセスです。ここでいう「意味のかたち」とは、感覚的なものを、誰かと共有できる“わかる”“感じる”かたちに整えていくことを指しています。単なる見た目ではなく、その場所に流れる時間や気配まで含めて伝えていくようなイメージです。
“なんとなくいい”を言葉にする
センス・オブ・プレイスは数値や写真ではとらえきれない感覚的な価値です。「なんとなく落ち着く」「この風景は好き」そうした漠然とした思いをどうやって他の人と共有し、意味ある形で言語化できるか。具体的なアプローチとして本書では、神奈川県真鶴町の取り組みが紹介されています。
真鶴町では、住民が抱く「美しいと感じる町並み」の感覚を、パターン・ランゲージという手法を用いて言葉にし、それを条例にまで落とし込むプロセスが実践されました。そこには、「見えにくい価値」をすくい上げ、共通の言葉に置き換える作業がありました。それは地域に暮らす人たちとの対話を通じてつくられていく、住民参加型のまちづくりの思想を根底に新たな意味が生まれることを目指したパターン・ランゲージでした。
「なんか好き」「なんとなく気になる」といった感覚を言葉にしていくことで、場所やものの新しい価値が見えてきます。センス・オブ・プレイスの考え方は、マーケティングのいろんな場面でも使えるヒントが詰まっていると感じました。
さいごに
センス・オブ・プレイスという考え方は、地域や場所のブランディングだけでなく、日々のマーケティング業務にも応用できるヒントがたくさんあります。数値や機能だけでは伝えきれない価値を、どんな言葉で伝えるか。語る視点をどこに置くか。目には見えにくい価値をどう見つけ、どう届けるか。その視点を持っておくだけでも、日々の中で気づけることが変わってくるのではないでしょうか。
『場所のブランド論』は、場所に宿る感覚や記憶、物語といった目に見えない価値を捉え、どう伝えていくかを考えさせてくれる一冊でした。センス・オブ・プレイスという言葉に初めて出会った方でも、読み進めるうちに「確かに、自分の好きなあの場所ってそういう感じあるかも」と自分の体験と結びつけて考えられる内容だと思います。身近な場所の魅力を再発見したい方、言葉にしにくい価値を伝えることの悩んでいる方にはおすすめの本です。興味のある方はぜひ手に取って読んでみてください。自分のなかにある「なんとなく好き」が少し言葉になるかもしれません。