コラム

Column

「パジャマ革命」はなぜ支持されたか TENTIALの成長戦略を読み解く

はじめに

熊本マーケティング研究所の高宗将(たかむね すすむ)です!今月は日経MJのコラムとなります。みなさんは、「2万円のパジャマ」と聞いて、どんな印象を持つでしょうか?高い?それとも、ちょっと気になる?今回は、そんな“ちょっと意外なヒット商品”の裏にあるマーケティングの工夫をひもといてみたいと思います。

 

高価格でも売れる「BAKUNE」の人気

「上下2万円以上のパジャマ」と聞いて、驚く人は多いと思います。高級寝具ブランドでもないのに、そんなに高いパジャマが売れるのか?という疑問はもっともです。しかし、TENTIAL(テンシャル)が手がける「BAKUNE(バクネ)」は、すでに200万枚以上を販売しています。しかも創業は2018年と、まだ若い会社です。どうしてこれほどまでにヒットしているのでしょうか?BAKUNEは、リカバリーウエアと呼ばれる「着ているだけで体が回復する」衣類の一種です。特殊な素材が体の熱を利用して遠赤外線を生み出し、血行を促進。結果として筋肉のこりや疲労を軽減します。これは医療機器としても登録されており、れっきとした“科学的根拠のある機能性商品”です。もともとはスポーツ選手向けだったこの商品を、パジャマとして日常生活に取り入れる提案をしたのがTENTIALでした。

出展:7月7日 日経MJより

 

心を動かす「情緒的な価値」

しかし、いくら機能が優れていても、「高い」と感じられた時点で購入されないのが消費者心理です。TENTIALがヒットを生み出した背景には、「情緒的なベネフィット(気持ちの満足)」をうまく伝えてきたことがあります。たとえば「朝すっきり起きられるようになった」「大切な人への健康を気づかう贈り物にぴったりだった」「がんばった自分へのごほうびになった」など、体だけでなく“心に効く”体験を、顧客の声として発信しています。実際、購入者の多くは「高くても納得できる」「価値を感じた」という声を残しており、この“価格以上の意味”をどう感じてもらうかが、販売成功のカギとなっています。マーケティングにおいて、機能的価値と情緒的価値の両立はとても重要です。TENTIALはこの二つを同時に満たすことで、ただの商品ではなく、「生活の質を変える体験」としてパジャマを再定義しました。

TENTIALが提供する価値の2軸

◎機能的価値(目に見える効果)
血行促進
疲労回復
快眠効果
医療機器としての信頼性

◎情緒的価値(心の満足)
安心感(健康に良いものを身に着けている)
自分へのご褒美としての満足
家族への思いやり・ギフトとしての価値
ブランドとの共感・信頼

 

顧客の声がマーケティングの軸

「共感される価値」をつくるうえで、TENTIALが大切にしているのが顧客の声です。同社では毎月「N1分析会」と呼ばれる全社横断の会議を実施し、たった一人のユーザーの声を深掘りして、商品やサービスに反映させています。たとえば「首元が苦しい」という声には、まずどの製品かを特定し、仕様変更が必要かを検討。「待ち時間が長すぎる」という来店者の声には、整理券やSNSでのリアルタイム案内、さらにはセルフレジの導入検討まで、部署を越えてアイデアが出されました。こうした対応の早さと丁寧さが、「信頼できるブランド」というイメージを育てています。顧客の声に寄り添い、小さな改善を積み重ねる姿勢こそが、リピーターやファンを生み、商品力ではなくブランド力そのものを底上げしているのです。

 

データと感情の両輪でファンをつくる

TENTIALは、感情的な価値だけに頼ることなく、ECサイトなどの購買データも細かく分析しています。たとえば、ロイヤルユーザーの多くが自分用だけでなく「ギフト」としても購入していることがわかり、そこから“プレミアムギフトシリーズ”を新たに開発しました。また、顧客の行動からは「健康意識の高い層が、コンディショニングに関する読み物にも関心を持っている」といった傾向も発見され、商品紹介だけでなく健康知識のコンテンツを充実させる施策へとつながりました。他にも、プロスポーツ選手との共同開発や、大学との研究による効果検証、人気タレント櫻井翔さんの起用など、「信頼を積み重ねるストーリー設計」にも抜かりがありません。これは高価格帯の商材において非常に重要な視点で、根拠と共感のバランスがとれているからこそ、消費者の「疑い」を「期待」に変えることができているのです。

 

「欲しい」に変えるマーケティング

TENTIALのマーケティングが示しているのは、「機能性が高い=売れる」ではないという現実です。今の消費者は“自分ごと”にならない商品には手を伸ばしません。「それ、いいね」ではなく、「私に必要だ」と感じてもらう仕組みが必要です。そのためには、機能的ベネフィット(効果)がわかりやすく伝わること、そして情緒的ベネフィット(気持ちの満足)が心に届くこと。この両方を満たしてはじめて、「欲しい」という感情が生まれます。TENTIALはそのお手本のような存在です。

 

最後に

今回ご紹介したTENTIALの事例を通して感じたのは、「顧客視点の大切さ」です。実は先日、ドラッカーの考え方を学ぶ機会がありました。その中で特に印象に残ったのが、「自社の都合ではなく、常に顧客の視点で考える」という言葉です。私たちはつい、自分たちの立場や思い込みで“価値”を決めてしまいがちです。でも本当に大切なのは、お客様が「何を求めているのか」「どんなゴールを期待しているのか」に目を向けることです。「何に心が動くのか?」「どんな体験が記憶に残るのか?」そのヒントはすべて、お客様の声や行動の中にあります。声に耳を傾けること、そして実際の行動を観察すること。この2つをバランスよく見る力が、これからのマーケティングには欠かせません。その意味でも、消費者の行動を知ることはとても重要です。次回のワークショップセミナーでは【消費者行動モデル】をテーマに開催予定です。顧客理解をもっと深めたいという方は、ぜひご参加ください。

2025/7/19(土)開催 Marketing Unique On!ワークショップセミナーのお知らせ