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今月の一冊⑦『売上の地図』

初めてこのカテゴリーでコラムを書きます、マーケターの宮﨑です。今回私が紹介するのは、「売上の地図」です。本書は「売上」というあらゆる企業の目的・目標について、それを上下動させる20個の要因について解説した本です。こう紹介すると、なんだか簡単そうに聞こえるかもしれません。ですが本書は、売上の要因を単に20個列挙して解説しているのではなく、「各要因同士の関係性」や「どのようにして売上に影響を与えるのか」という観点から説明し、それらを俯瞰して見ることが出来る「地図」としてまとめています。

もちろんこの20個しか要因が無い、というわけではありませんし、著者も述べていますがこの「地図」が絶対の正解、あるいは完成形ではありません。ですが、ざっくりと全体像を把握したり、マーケティングチームやプロジェクトメンバーで目標に対する目線を合わせる「共通言語」として機能しそうな、非常に有用な本だと感じました。何より「売上」というテーマについて、要因を洗い出し体系的にまとめる、という挑戦的な内容に非常に興味をそそられましたし、読了後はやってのけた著者に拍手を送りたくなる本でした。既に学んだ、あるいは新たに得たマーケティングの情報を地図に当てはめ、どの位置づけなのかを考えることで情報の整理が出来る本でもあります。「マーケティングの情報に触れているが、自社で実践できるイメージがついていない」「何から施策をやっていいのかわからない」という方にはぜひ手に取っていただきたい一冊です。

著者紹介

池田 紀行 氏 (トライバルメディアハウス 代表取締役)

記事やHP、YouTubeの動画で「三度の飯よりマーケティングが好き」と語る著者は、20年以上に渡り大企業のマーケティングを主に支援してきた方です。キャリアの前半はコンセプト開発、製品開発、流通支援などアナログなマーケティング、キャリアの後半は口コミやソーシャルマーケティングなど、デジタル領域のマーケティングに携わられています。現在はソーシャル時代における「売上のメカニズム」を解明するマーケティング支援会社、株式会社トライバルメディアハウスの代表取締役を務めながら、日本マーケティング協会マーケティングマスターコース講師や宣伝会議所講師など講師業の他、執筆活動などをしておられます。

本書の目的

本書は、売上に影響を及ぼす要因を体系的にまとめ、全体像を明らかにし、売上というゴールまでの道筋を俯瞰的に示す「地図」にまとめた本です。本書の冒頭、マーケティング手法における「バズワード」や「流行り」を例に挙げ、次のようなことが書かれています。「○○の時代はもう古い!」「これからは△△の時代だ!」と日々新しい手法、考え方、言葉がマーケティングの世界では誕生しています。「他社がやっているから自社も取り組まないと!」「売上が停滞してきたから新たな施策を取り入れなければ」というアプローチではなく、売上が上がらない理由は何かを明らかにし、自社にとって効果的な施策を実行する、というアプローチを行うための地図を提供する、というのがこの本になります。

売上の地図を読むにあたって

本書のタイトルでもある「売上の地図」について、その全貌が著者のnoteに公開されていましたので引用させていただきます。売上を目的変数として捉え、影響を与える要因を説明変数としてまとめたものになります。これらの要因は、何となくまとめられたものではなく、5つの基本的な考え方や観点によってその関係性を捉え、「分類分け」や「まとめ」がなされています。

見出し画像

引用:著者note執筆記事「売上を左右する20のヒントをまとめた書籍『売上の地図』を出版します!!」より

 

売上の地図における、売上を上下動させる要因について次の5つが基本要素です。

・売上を決める2つの 「しやすさ」
・コントローラブルとアンコントローラブル
・2つの売上:「トライアル購入」 と 「リピート購入」
・プリマーケティングとポストマーケティング
・2つの時間軸: 短期と中長期

◆売上を決める2つの「しやすさ」

著者はこれについて、「想起のされやすさ」「買い求めやすさ」としています。「想起」とは思い出すことと言い換えられます。何かの刺激を受けた際に、自社の商品・サービスを思い出してもらえるかが重要だと著者は説いています。本書で言う「買い求めやすさ」は、買える場所はどこかといった入手しやすさを示します。例を挙げます、休日前の仕事終わり「お酒買って帰るか」と思ったとします。私の頭の中では「お酒→ビールが飲みたいな→ビールと言えばスーパードライ!」と「スーパードライ」が頭の中に浮かびます。これが私の頭の中で「スーパードライ」が想起された状態です。スーパードライは、全国各地のコンビニ、スーパーマーケット、ドラッグストアなどで購入できますから、もちろん帰り道にあるコンビニでも購入可能です。つまり著者の言う「想起されやすさ」「買い求めやすさ」このいずれも高い水準になっているということになります。

◆コントローラブルとアンコントローラブル

企業の売上を規定する要因は実に多く存在します。そのうち、人口や天候など自社ではコントロール不可能な要因と、認知率や価格など自社のマーケティング努力によってコントロールできる要素に分かれます。このうち、自社でコントロール不可能な要因による売上の上下動に一喜一憂するのは止め、自社でコントロールできる要因にフォーカスすることが大切です。

◆2つの売上:「トライアル購入」と「リピート購入」

売上というのは、2種類しか存在しません。1つは買ったことがない商品を初めて購入する「トライアル購入」もう1つが既に買ったことがある商品を購入する「リピート購入」です。世の中にある商品・サービスの売上ははこの2種類の売上によって構成されています。著者は、梅澤伸嘉 氏の著書「消費者は二度評価する」を引用し、買ったことが無い商品について、買う前に買いたいと思わせる力を「コンセプト力」、買ってよかったからまた買いたいと思わせる力を「パフォーマンス力」として説明しています。これは「cpバランス理論」と言い2by2のマトリクスによって分類されます。

引用:株式会社マーケティングコンセプトハウスHP(梅澤伸嘉の理論と手法)より

第一象限「成功」
この象限にある商品は、買いたいと思わせる力と、また買いたいと思わせる力も強く、トライアル購入した顧客がリピート購入をするため、売り上げは右肩上がりに伸びていきます。ただ、実際この象限に入れる商品はごくわずかです。

第二象限「線香花火」
「買う前に欲しい」と思わせる力が強くても、「買って良かった」と思わせる力が弱いためにリピートが悪く、売れ行きが低下します。この象限にある商品は販促や広告に力を入れたりしても、売上の上昇は一時的です。商品パフォーマンス改善が課題になります。

第三象限「空振り」
買いたいと思わせる力が低く、また買いたいと思わせるだけのパフォーマンス力もない商品群です。当然、売上の伸びはなく維持も出来ません。著者は世の中にある多くの新商品が残念ながらこの商品群に入っていると指摘しています。

第四象限「スロースタート」
商品コンセプト力が弱く出だしの売れ行きが良くない商品群です。「買う前に欲しいと思わせる力」が弱いために、トライアル購入が起きず市場から消えていきます。しかし、また使いたいと思わせる力はあるため、市場に残ることが出来れば徐々に口コミなどで、売上が伸びる可能性がある商品群です。

このcpバランス理論ですが、コンセプト力は広告などのマーケティングコミュニケーションによって高めることが出来ますと著者は示しています。チラシ、ポスターやCM、SNS広告などはこのcpバランス理論の中のコンセプト力に対する施策と言えるでしょう。

◆プリマーケティングとポストマーケティング

マーケティングは大きく2つに分けることができ、1つが買ってもらうまでのプリマーケティングで、もう1つが買ってもらった後のポストマーケティングです。市場が拡大している場合は、新規顧客に商品を買ってもらう戦略で売上が伸ばせるが、市場が成熟している、商品があふれている日本のような市場では、売上が既存顧客によるリピートによって支えられているケースがほとんどです。この場合、マーケティングのゴールは「買ってもらう」ではなく、「繰り返し買ってもらう」ということになります。そのためには、顧客との関係性を深めていく、あるいは愛着を育てていくための活動が重要になってきます。

◆2つの時間軸:短期と長期

ある施策が売上に繋がるまで、2つの時間軸が存在します。著者はこれを、短期(すぐ効く)と中長期(そのうち効く)の2つだとしています。著者は施策における2つの時間軸について、そのバランスが重要であると説いています。

・短期に売り上げを獲得する施策
これは、顕在化したニーズを刈り取るための施策です。例えば、「掃除機が壊れた人」がいたとしてこの人の行動を考えます。この人がとる行動は何でしょうか、おそらくネットで「掃除機 おすすめ」や「掃除機 ランキング」といった検索をするということが考えられます。掃除機のCMが流れるまで待って、CMから情報を得ようとする人はいないでしょう。そうなると、顕在化したニーズを持った顧客を獲得するためには、HPを構えておくことが効果的な施策の一つとなります。

・長期的に売り上げを獲得する施策
先ほど、の掃除機の例について「ダイソン」や「シャーク」といった具体的なブランド名を検索する方もいるでしょう。これは前述の、売上を決める2つの 「しやすさ」で述べた「想起のされやすさ」にあたります。このように掃除機と言ったら「○○」と一番に想起されることを第一想起と言います。この第一想起の獲得は、長期的に行ってきた施策が実を結んだ瞬間と言えるでしょう。

 

ここまでに取り上げた要素は全て、2つの視点に分かれています。ほとんど繰り返しになりますが、分かりやすくなるよう以下にまとめます。

・「想起しやすさ」と「買い求めやすさ」
・「コントローラブル」と「アンコントローラブル」
・「トライアル購入」 と「リピート購入」
・「プリマーケティング」と「ポストマーケティング」
・「短期」と「中長期」

このようになっており、売上の構成要因は上記5つの要素によって分類され地図にまとめ上げられています。この5つの要素について、例えば「広報」の活動であっても「トライアル購入」と「リピート購入」という視点で見ると、広報における個々の施策は全く違う目的・効果を持つものになります。「トライアル購入」と「リピート購入」では起こるメカニズムは全く違うもであり、それぞれ効果的な広報活動が存在します。本書ではざっくり「広報活動とは」のような説明、分類はせず、5つの要素を踏まえて分解・分類・説明をしています。この5つの視点は自社の施策の分析にも活用でき「ある施策が一体何に効果を発揮するのか」を明確にする指標になってくれるものです。自社オリジナルの「売上の地図」を作ることもできるため、非常に有用な考え方になっています。

本書は、この5つの要素、考え方を基本として、20個の売上に影響を与える要因について説明を行っていきます。「”売上の地図”の全貌を知りたい」「具体的な20個の要因について知りたい」という方はぜひ本書を手に取ってみて下さい。

おわりに

今回は池田紀行著「売上の地図」をご紹介しました。本書は「売上が上がらない」という悩みに対して、「そもそも売上とは何なのか」や「どのように規定されるのか」を明示し、最適な対応策を見つけ出すヒントになる本だと感じました。ただ、本書を読んだからと言って、簡単に売上を上げる方法が分かるというものではなく、あくまで全体像をとらえることが出来るというものです。ただ、売上という複雑な要素が絡み合っているモノの、全体像がざっくりわかるだけでも、とても有用な内容であることは間違いありません。売上を上げるための「ボトルネックは何か」や「どうしたら解決できるか」といった疑問に対してまさしく、地図を示してくれる本書、ぜひ手に取って読んでみてください。